今日の馬趙 20110412

毎度ついったーお題です。
元ネタは話題のACから。
『趙雲が「遊ぼう」って言うと「たく、しょうがねえな」て言う。「馬鹿」って言うと後ろからもふってして「かわいいよ」て言う。こだまでしょうか?いいえお兄ちゃんです。』でした。

結果的に馬超が光源氏ぽくなったという……。


 城から邸までの道程を、子龍は走って帰った。
「ただいま!」
「おかえりなさい」
 元気よく門を潜れば、いつも通りの柔らかな笑みで馬岱が迎えてくれる。でも今日は、ほんの少しだけ違っていた。
「従兄上がお戻りになりましたよ」
 従兄上、の一言に尻尾がぴんと立つのがわかる。
「孟起は? 部屋にいるの?」
「はい」
 馬岱が頷くのを待たずに靴を脱ぐと、抱えた荷物もそのままに子龍は邸の中を走った。
 家の中を走るのは行儀の悪い事だと、もちろん子龍は知っている。けれど、遠征に出かけていた馬超が家に戻ってくるのは、実に三ヶ月ぶりなのだ。
 まさか顔を見たいからと遠い戦場に出向く訳にもいかず、寂しさを紛らわすように勉学に励んでいたのだから、今日ぐらいはきっと許されるに違いない。現に馬岱も微笑むばかりで咎めはしなかったではないか。
 浮かれた心持ちさながらの足取りで走廊を駆け抜けると、子龍は馬超の部屋の前に立ち止まった。
「……孟起?」
 開け放たれた戸口の端から目を覗かせる。果たしてそこに、馬超はいた。
 卓に向かって何やら小難しい顔をしてはいるが、傷や不具を得た様子はない。
 出兵前と変わらぬ姿に安堵して、子龍は馬超の室に足を踏み入れた。
「孟起、おかえり」
 持ち帰りだろう執務の邪魔をしてはいけない事ぐらいわかっている。それでも声をかけずにはいられずに、自分の中で折り合いを付けた控え目な音を響かせた。
 気付いた馬超が振り返る。
「ただい、ま……」
 無愛想なくらいに欠け落ちていた表情が驚きのそれに変わってゆくのを、子龍は悪戯が成功した時と同じ顔で見ていた。
 猫の血を引く子龍の成長は、人の子が成長するよりずっと早い。この三月の間に背が伸び、体格が良くなり、少しだけだが声も低くなった。
 もちろん、これまでも長く家を空けている間に様変わりして、帰って来た馬超を驚かせた事は幾度となくあった。だが今回は、今までの成長とどこかが違うと子龍自身も感じている。
 頻りに不思議がる子龍に、大人になるんですよ、と留守を預かる馬岱は教えてくれた。
 大人になる。馬超と同じになる。
 具体的にはどういう事かわからなくとも、子龍にはそれがとても素晴らしい事のように思えた。
 とはいえ、中身まですぐに成長するものではない。
 あまり足音を立てずに近付くと、子龍は馬超のすぐ側に膝を突いた。
「孟起、忙しい? 遊ぼう?」
 ことりと小首を傾げて訊ねる。
 すると一瞬だけ蜂蜜色の目を瞠った馬超は、次に弾かれたように笑って子龍の頭に手を置いた。
「ったく、しょうがないな」
 黒い真っ直ぐの髪を撫でる大きな掌の感触が心地良い。
 思えば、この温もりにも三月の間触れていなかったのだ。
 目を細めて手を床に突き、もっと、と強請るように頭を擦り寄せると、喉の奥に押し籠めたような笑声が聞こえた。
 はっとして目を開けてみれば案の定、姿勢を崩した馬超が噛み殺すみたいにして笑っている。
 瞬時、頬に血が上った。ばつの悪さに身体を離し、ぷいとそっぽを向く。
「何だ急に」
 些か不満げに、しかし笑みを孕んだまま馬超が言った。
「遊ぶんじゃなかったのか?」
 先に誘った言葉をなぞりながら、手は子龍の髪を摘んで弄んでいる。
「もういい」
 そんな仕草は物語に読む恋人のようなのに、実際の馬超の言動はといえば子供を相手にするのと変わりなかった。
 注がれる慈愛の眼差しも気に入らない。
 大人になる事を指摘されてからというもの、自分の立ち位置が気になって仕方がなくなった。
 好きだ、と馬超は衒いもなく言葉をくれる。以前はその音に満足していた『好き』の意味が、今は知りたくてどうしようもないのだ。
 男に生まれ付いてしまったし、だから子を成す事も出来ないのだけれど、馬超は何時か自分を恋人として扱ってくれるだろうか。それともやはり誰か別の女性を妻として娶り、家庭を築くのだろうか。
 好きなのに、そんな事を考えさせる馬超がほんの少しだけ憎い。
「……馬鹿」
 拗ねた声で呟くと、それを聞き咎めたのだろう馬超の片眉が神経質に跳ね上がった。
「何だと?」
「なんでもない!」
 このまま顔を見ていたら、すぐにでも感情が決壊してしまいそうで怖い。
 その時に口から飛び出る言葉を恐れ、取り繕うのではなく素知らぬ振りで子龍は馬超に背中を向けた。
「何でもない事はないだろう?」
「なんでもない!」
 強情に繰り返し、折った膝の上で両手を拳に握る。
 きっとこんな風だから子供扱いされるのだろう事は、子龍だって理解していた。理解はしているが感情が上手く制御できない。どうしてか口が先走って、時間が経ってから酷い後悔に苛まれるのだ。
 意地っ張りで、素直じゃない子供なんて──。
「……かわいくない」
 可愛い訳がない。こんな恋人、自分だったら願い下げだ。
 つまりそれは馬超にも同じ事が言えるのだと思い至って目頭が熱くなる。滲むように広がった水の気配に、子龍は小さく鼻を啜った。
 何一つ思い通りにならないのが口惜しくて、情けなくて、涙が落ちる。
 せめてこの、みっともないだけの顔は見せまいと背を向けたまま立ち上がった身体が、引き留めるように抱き寄せられた。
「もう……っ」
「かわいいよ」
 髪を掻き分けて、地肌に唇が触れているのが吐息でわかる。
「お前は誰よりも可愛いよ」
 だから、ここにおいで。
 耳元に熱っぽく吹き込まれる囁きに、子龍は頬を染めながら小さく頷いた。
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